極低ひずみの測定

信号のひずみとは

信号のひずみとは

1. ひずみの原因と影響

アナログ信号を扱う中で、信号のひずみが問題になります。

オーディオではひずみにより再現される音が変わってしまい、聴覚上でもその違いが問題になります。無線通信では、送信系·受信系ともに問題となります。送信系では、ひずみによって所望の周波数以外の帯域に不要な信号を生じさせ通信を妨害します。また、受信系では、所望の帯域外の信号からのひずみが、所望な帯域にくることで通信の妨害をします。

こういった問題があるため、ひずみはアナログ信号処理の一つの性能指標となっています。
ひずみの原因は、電気回路で用いられる素子自体の特性が線形でないためで、ひずみの生じやすさは部品によって異なります。アナログ信号処理での信号増幅など、低ひずみが要求される増幅器などでは、負帰還によってひずみを小さくする手法などがとられています。

2. ひずみの指標

部品や回路に入力した信号の周波数を基本波と呼びます。現実の部品や回路の出力信号には基本波以外に、基本波の2倍、3倍、4倍、… n倍の周波数の高調波が含まれます。

この基本波と高調波の比をトータルハーモニックディストーション(以下、THD)といい、ひずみを表す指標になります。THDが小さいほど、ひずみが小さくなります。THDは全高調波ひずみ率とも呼ばれます。THDの単位としてはdBcが使われることが一般的です。

図1に正弦波とひずんだ信号の時間軸での波形およびその高速フーリエ変換(以下、FFT)結果を示します。

図1 ひずんだ波形とFFTの結果

正弦波とひずんだ波形の比較(時間軸)
正弦波とひずんだ波形の比較(高速フーリエ変換)

FFT結果の縦軸の値は、基本波成分が1になるように規格化しています。基本波成分が4番目のビンになるようにFFTしていますので、正弦波、ひずんだ波形ともに4番目のビンが1となっています。ひずんだ波形は3次、5次、7次の成分が含まれていることがわかります。時間軸波形はひずんでいることはわかりますが、どの程度ひずんでいるかを表すことができません。一方FFTした結果を見ると、ひずみの原因となっている高調波成分がどの程度含まれているのかがよくわかります。

THDの測定ですが、100kHz程度までは優れたひずみ率計やオーディオアナライザが市販されており、それらを用いれば、-100dBcから-120dBcの測定が可能です。

ひずみ率計やオーディオアナライザが対応していない100kHz以上のTHDは、発振器とスペクトラムアナライザを使用することで測定できます。測定系を図2に示します。                     

ひずみ測定系
図2 ひずみ測定系

発振器から部品や回路などの被測定物(以下、DUT)に正弦波(周波数f0)を印加し,DUTの出力をスペクトラムアナライザで測定します。この時の基本波(f0)の成分と高調波 (2f0,3f0,… nf0)の成分の比を計算することで、THDが求まります。

またDUTがA/D変換器のようなディジタルデータの場合は、データをFFTすることで、各周波数成分を求めることができるので、同様に基本波成分と高調波成分の比を計算しTHDを求めることができます。

部品や回路を通過する際に発生するひずみの計測(THD測定)

部品や回路を通過する際に発生するひずみの計測(THD測定)

1. ひずみ測定系のひずみ

発振器・スペクトラムアナライザのひずみ

ひずみ測定系
図2 ひずみ測定系

図2にTHDの測定系を示しました。現実にはこのひずみ測定系もひずみを発生します。具体的には、発振器のひずみやスペクトラムアナライザのひずみによって引き起こされます。

1MHzを超える周波数での発振器の出力は質が良いといわれる場合でも-60dBc程度です。また、スペクトラムアナライザのTHDは-90dBc程度が一般的です。DUTのTHDとして-60dBcより優れている場合には高価な設備を選定しても、図2の方法では測定することが難しいです。

2. フィルタを用いた測定

バンドパスフィルタ(BPF)とバンドエリミネーションフィルタ(BEF)によるひずみ測定方法

発振器の出力に含まれる高調波は,ローパスフィルタ(以下、LPF)やバンドパスフィルタ(以下、BPF)を用いることで除去できます。特にBPFを用いると、低周波でのノイズなども除去できます。また、スペクトラムアナライザのひずみは、入力する基本波成分を小さくすることで,スペクトラムアナライザの高調波を減らすことができます。バンドエリミネーションフィルタ(以下、BEF)を用いることで,基本波成分を小さくすることができます。

これらのフィルタを用いたひずみ測定系を図3に示します。

BPF・BEFを用いたひずみ測定系
図3 BPF・BEFを用いたひずみ測定系

BPFにより、発振器の出力に生じていた高調波成分を取り除くことで、DUTに印加される信号のTHDをDUTのTHD以下にしています。また、BEFにより、基本波成分を小さくします。これにより、スペクトラムアナライザに印加される基本波成分が小さくなるため、スペクトラムアナライザ自身のひずみを抑えることができます。この測定系で発振器とスペクトラムアナライザのひずみの影響を抑えて、高調波成分を測定することができます。また、BEFをバイパスすることで,基本波成分を測定します。これらの測定で、-60dBcを超えるようなTHDを測定することが可能になります。具体的には1MHzを超えるような状況で使われる部品や回路の設計や選定の際に使用するのに適しています。

BPFとBEFを測定系に加えることで、測定できるTHDの範囲を広くすることができますが、実際のBPFやBEF自身にもひずみがあることを忘れてはいけません。

中心周波数が1MHzを超えるようなフィルタですので、アクティブフィルタを使用することは難しい周波数帯域になります。パッシブフィルタを構成する際に使用する抵抗やコンデンサ、インダクタですが、-100dBcを超えるようなTHDの測定のためには、これらのひずみが影響してきます。特にインダクタは、抵抗やコンデンサに比べて大きなひずみ特性を持つ傾向があります。使用している磁性体が飽和するためで、透磁率の大きい磁性体ほどひずみを発生しやすい特徴を有しています。このため、BPFやBEFは質の高いものを選ぶことが大切です。

3. 高品質BPF・BEF

低ひずみバンドパスフィルタAs-907、低ひずみバンドエリミネーションフィルタAs-915

1MHz以上のTHDを正確に測定するために開発されたのが、低ひずみバンドパスフィルタAs-907と低ひずみバンドエリミネーションフィルタAs-915です。
どちらも中心周波数が1MHz,2MHz,3MHz,5MHz,10MHz,20MHzのラインナップで、30MHz以上100MHzまで特注品として製造可能です。

バンドパスフィルタのAs-907は2次高調波での減衰量が96dBc以上、3次高調波の減衰量が110dBc以上あります。また、2次、3次のひずみ率が-120dBc以上あります。
一方、バンドパスフィルタのAs-915は基本波の減衰量が110dB以上あります。
As-907とAs-915を図3に示した測定系で使用することで、-120dBcまでのTHD測定が可能になります。

As-907
As-907
As-915
As-915

デモ機の貸出しも行っておりますので、お試しされたい方はこちらからお問合せください。

4. ひずみ率の測定例

As-907As-915を用いて、今まで測れなかった-120dBcまでのひずみ率が測定できます。-120dBcから-20dBcのような幅広い範囲で、部品の正確なひずみ特性が得られることにより、製品開発における部品の選定や、電圧・電流の設定をより適切に行えます。また、As-915を使用すると、発振器の基本波成分を除去し、高調波成分のみを通過させることができるため、発振器の高調波成分を測定することができます。ひずみの確認を行う際に、実は発振器のひずみが問題になっていたなどの問題がないかを確認することができます。

チップインダクタのひずみ測定と、発振器のひずみ測定を下記に例としてご紹介します。

チップインダクタのひずみ測定

測定周波数1MHzで1µH,10µH,100µHのチップインダクタの2次と3次のひずみ率を測定した結果を図4に示します。

1µH,10µH,100µHのひずみ測定結果
図4 1µH,10µH,100µHのひずみ測定結果

インダクタンスが大きいものほど、ひずみが大きくなることがわかります。また、インダクタに印加する電流が大きくなると、ひずみも大きくなることがわかります。このように、実際に部品を使用する条件でどの程度のひずみが発生するのかを調べておくことは、安定した回路を実現するうえで非常に重要です。

次に製造メーカの異なる1µHのチップインダクタ3種のひずみ率を測定した結果を図5に示します。

1µHチップインダクタひずみ測定
図5 1µHチップインダクタひずみ測定

どのサンプルのひずみも、-60dBcより小さいため、測定することが非常に難しいです。特にサンプルCの2次ひずみは、大きな電流を流した場合を除き、-120dBcより優れており、今回の測定系での測定限界の-120dBcを超えています。対して3次ひずみは今回測定したサンプルの中では一番大きな3次ひずみとなっています。2次ひずみは気になり3次ひずみは気にならない用途ではとてもいい特性となります。

サンプルAはサンプルB、Cと特性が異なり、2次ひずみが3次ひずみよりも大きいことがわかります。サンプルBを使用していた回路で、サンプルAに部品を交換すると、3次ひずみが抑えられますが、2次ひずみが大きく出てしまうことになります。
サンプルによって特性が異なることがよくわかります。こういった部品ごとのひずみ特性を知ることで、設計時に部品を選ぶ一つの指標となります。

今回はチップインダクタのひずみを測定しましたが、たとえばコンデンサのひずみなどを知っておくことも重要です。一般的にフィルムコンデンサのほうが積層セラミックコンデンサよりもひずみが小さいと言われています。コンデンサの種類によるひずみの違いもAs-907とAs-915を使って測定することができます。

発振器のひずみ測定

発振器(ファンクションジェネレータ)を使って、周波数1MHz、振幅1Vppの正弦波を出力させたときの2次と3次のひずみ率を測定しました。測定結果を表1に示します。

表1 発振器のひずみ特性

  2次ひずみ[dBc] 3次ひずみ[dBc]
サンプル1 −61.5   −60.0  
サンプル2 −79.6   −64.9  
サンプル3 −84.0   −82.8  
サンプル4 −40.6   −40.8

発振器によってひずみ率が大きく異なることがわかります。発振器によって信号を作る際に、発振器によるひずみが問題になる可能性があることがわかります。As-915を用いると発振器のひずみを測定することができます。測定系のブロック図を図6に示します。

図6 As-915による発振器のひずみ測定

As-915による発振器のひずみ測定

ひずみのない正弦波

ひずみのない正弦波

1. 方形波から正弦波を作る

As-907を使用すると信号源の質が悪くても、正しい測定が可能となります。

例えば、方形波を入力しても理想に近い正弦波を作ることが可能です。この測定系で使用する発振器の出力が正弦波でなく、方形波で構わないということです。方形波は基本波と奇数次の高調波のみで構成されています。3次の高調波成分は約−10dBです。As-907の3次の減衰量は110dBc以上あるので、方形波を入力した際に、3次の高調波成分は-120dBc以上になります。また、3次のひずみ率も-120dBc以上あります。As-907に方形波を印加することで、高調波ひずみが−120dBc以上の正弦波を作ることができます。A/D変換器のひずみを測定する際には、入力信号のジッタがA/D変換器の特性に影響を与えますが、低ジッタの方形波をAs-907に通すことで、低ジッタかつ低ひずみの正弦波を生成し、A/D変換器のひずみを測定することが可能になります。

もちろん、質の良くない信号源からの正弦波も、As-907を通すことでひずみの小さい正弦波にすることが可能です。

2. As-907を通した方形波

As-907による正弦波のひずみ率

発振器で1MHzの方形波を出力し、As-907に通した場合の信号のスペクトルを図1に示します。方形波出力の1MHzの成分を基準とした値です。

方形波のスペクトルとAs-907を通した後のスペクトル
図1 方形波のスペクトルとAs-907を通した後のスペクトル

方形波は奇数次の高調波成分の和でできているので、スペクトルも奇数次が大きく出ていることがわかります。また、今回使用した発振器では-40dBc程度の偶数次高調波も含まれていることがわかります。この方形波信号をAs-907に通すことで、基本波以外の成分がかなり小さくなっていることがわかります。測定器のダイナミックレンジによって、図1では-80dBc程度までしか下がって見えませんが、2次と3次のひずみをAs-915を使って測定すると、高調波成分は表1に示すような値になります。

表1 As-907を通した方形波の2次・3次ひずみ

2次ひずみ -133.9dBc
3次ひずみ -130.8dBc

これらの結果から、As-907を通すことで、ひずみ率が-120dBcを超える正弦波を生成することができます。

今回は方形波から低ひずみの正弦波が作れることをご紹介しましたが、ひずみの大きな正弦波をAs-907に通すことで、方形波の時と同様に低ひずみの正弦波も作れます。
As-907を用いることで、発振器のひずみを抑えて、理想に近い低ひずみの正弦波が得られますので、研究などに用いてみてはいかがでしょうか?

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